中国で毎年6月に行われる大学入試「高考(ガオカオ)」は、
日本でいう大学入学共通テストに近い全国規模の試験です。
ただし、日本人の感覚で「共通テストみたいなもの」と考えると、
少し軽く見てしまうかもしれません。
中国の高考は、多くの受験生にとって、進学先だけでなく、
その後の就職や人生の選択肢にも大きく影響する試験です。
私自身、中国で長く生活していると、
高考の時期になると社会全体がかなり特別な空気になるのを感じます。
試験会場周辺では交通規制が行われたり、騒音を控えるよう呼びかけられたり、
家族も学校も地域も一体となって受験生を支える雰囲気になります。
日本の受験ももちろん大変ですが、中国の高考には「一発勝負」の重みが非常に強くあります。
目次
日本の共通テストと中国の高考の大きな違い
日本では、現在「大学入学共通テスト」という名称が使われています。
以前は「大学入試センター試験」と呼ばれていたので、
私の世代や多くの大人にとっては、
今でも「センター試験」のほうがなじみがあるかもしれません。
日本の大学受験は、共通テストだけで決まるわけではありません。
日本の大学受験は選択肢が多い
日本の場合、国公立大学では共通テストに加えて、大学ごとの二次試験があります。
私立大学では、大学独自の一般入試、共通テスト利用入試、推薦入試、総合型選抜など、
複数のルートがあります。
つまり、ある試験で失敗しても、別の方式で挽回できる可能性があります。
もちろん日本の受験も厳しいですが、制度としては「いくつかのルートがある」形です。
中国の高考は点数の重みが非常に大きい
一方、中国の高考では、多くの一般受験生にとって、高考の点数が非常に大きな意味を持ちます。
高考の点数、各省での順位、そして志望校・志望専攻の出し方によって、
入れる大学が決まっていきます。
中国では省ごとに受験制度や募集枠が違うため、単純に全国一律で競争するわけではありません。
ただし、受験生本人から見ると、「この点数でどの大学に行けるか」が
かなり直接的に決まる感覚があります。
この点が、日本の受験制度との大きな違いです。
中国の受験者数は日本とは桁が違う
中国の高考が大きな社会的イベントになる理由の一つは、受験者数の多さです。
2026年の中国高考の受験登録者数は約1,290万人と報じられています。
日本の大学入学共通テストの志願者数が約49.6万人規模であることを考えると、
人数の桁がまったく違います。
もちろん、中国は人口が多いので単純比較はできません。
ただ、1,000万人を超える若者が同じ時期に人生を左右する試験に向かうというのは、
日本人の感覚からするとかなり大きな規模です。
この人数の多さが、家庭、学校、社会全体の緊張感につながっています。
中国の985大学・211大学とは何か
中国の大学を語るときによく出てくる言葉に、「985大学」と「211大学」があります。
日本でいえば、「旧帝大」「早慶」「MARCH」のように、
大学の格や社会的イメージを表す言葉に近いです。
211大学とは
211大学とは、1990年代に始まった「211工程」という国家プロジェクトの対象大学です。
簡単に言うと、「21世紀に向けて重点的に育成する約100校の大学」という意味合いです。
中国では、211大学に入るだけでもかなり優秀と見られます。
就職活動でも、企業によっては211大学出身かどうかを重視することがあります。
985大学とは
985大学は、さらに上位の大学群です。
1998年5月に始まったプロジェクトなので、「98年5月」から985と呼ばれています。
対象大学は39校とされ、北京大学、清華大学、復旦大学、上海交通大学、浙江大学など、
中国を代表するトップ大学が含まれます。
中国人が「私は985卒です」と言う場合、
日本人の感覚では「かなり上位の難関大学出身」と考えてよいと思います。
日本で無理に例えるなら、東大・京大を頂点に、旧帝大、早慶上位クラスに近いイメージです。
ただし、中国と日本では大学制度も就職市場も違うため、完全に対応するわけではありません。
現在は「双一流」だが、985・211は今も使われる
正式な政策としては、985工程や211工程は過去の制度で、
現在は「双一流」という枠組みが使われています。
双一流とは、「世界一流大学」と「世界一流学科」を育成するための制度です。
ただ、現地で生活している感覚では、
日常会話や就職の話では今でも「985」「211」という言い方が非常によく使われます。
たとえば、中国人同士の会話で、
「その人、985卒だよ」
「彼女は211大学出身です」
という言い方は、今でも普通に通じます。
つまり、公式制度としては双一流に移っていても、
社会的なブランドとしては985・211が強く残っているということです。
中国の高考は「一発勝負感」が強い
中国の高考で特に大きいのは、一発勝負感です。
日本でも大学受験は人生に影響しますが、
中国では高考の点数が大学名、専攻、将来の就職可能性にかなり直結しやすいです。
特に人気があるのは、以下のような大学・専攻です。
・985大学
・211大学
・北京、上海、広州、深圳に近い都市部の大学
・コンピューター、AI、金融、医学、法学などの人気専攻
・就職に強い大学
中国では、大学名だけでなく「どの専攻に入ったか」も非常に重要です。
たとえ有名大学に入っても、人気のない専攻だと就職で苦労することがあります。
逆に、大学ランクが少し下でも、就職に強い専攻なら評価されることもあります。
このため、高考後の志望校・志望専攻の選び方も、家族にとって大きな勝負になります。
中国経済の鈍化で受験プレッシャーはさらに重くなっている
最近の中国では、若者の就職環境が以前より厳しくなっています。
経済成長が鈍化し、大学を出ても思うような仕事に就けないケースが増えています。
大学卒業者も非常に多く、学歴があるだけでは安心できない時代になっています。
この状況の中で、親や学生の間では、
「どうせ大学に行くなら、できるだけ良い大学に行かなければならない」
「普通の大学では就職が厳しいかもしれない」
「985や211に入らないと将来が不安」
というプレッシャーが強まりやすくなっています。
現地で若い中国人や親世代と話していても、
学歴に対する意識はかなり強いと感じます。
日本以上に、大学の名前が就職や結婚、家族の評価にまで影響することがあります。
もちろん、中国の全員がそう考えているわけではありません。
ただ、社会全体として「良い大学に入ること」が持つ重みは、日本よりかなり大きいと感じます。
あまり報じられない高考ストレスとドロップアウト
高考について日本で報じられるときは、
「受験者数がすごい」「警察が受験生をサポート」「家族が会場前で応援」といった
明るい話題が多いです。
しかし、その裏側にはかなり強いストレスがあります。
高校3年間、場合によっては中学時代から、成績、模試順位、クラス分け、親の期待、先生からのプレッシャーの中で過ごす子供たちもいます。
特に進学校では、朝から夜まで勉強中心の生活になることも珍しくありません。
成績が落ちると、自信を失ったり、親と衝突したり、学校に行けなくなったりする子もいます。
もちろん、全員がそうなるわけではありません。
高考を乗り越えて自信をつける学生もたくさんいます。
ただ、現地で生活していると、強いプレッシャーに耐えきれず、
途中で進学ルートから外れる子、職業教育に切り替える子、
精神的に追い込まれてしまう子がいることも感じます。
これは中国だけの問題ではありませんが、中国の場合は受験の規模と一発勝負感が大きいため、
子供にかかる負担も相当なものになります。
中国の高考を見るときに大切な視点
中国の高考を理解するとき、
大切なのは「中国の子供は大変だ」と一言で終わらせないことだと思います。
高考には、地方の子供が努力で都市部の大学に進むチャンスを得られるという面もあります。
家庭の経済力だけではなく、試験の点数で人生を切り開けるという公平性もあります。
一方で、その公平性を支えるために、試験の点数に過度な重みが集まり、
子供や家族に大きな負担がかかっているのも事実です。
日本の受験制度にも問題はありますが、
日本には私立大学、推薦、総合型選抜、専門学校、浪人など、比較的多様な進路があります。
中国にも職業教育や海外留学など別ルートはありますが、
一般家庭にとっては、やはり高考の結果が大きな意味を持ちます。
まとめ:中国の高考は中国社会を映す鏡
中国の高考は、単なる大学入試ではありません。
985大学、211大学という学歴ブランド、
1,000万人を超える受験者数、
一発勝負の緊張感、
そして経済鈍化による就職不安。
これらが重なって、中国の大学受験は非常に重いものになっています。
現地に住んでいると、高考の時期には「子供本人の試験」というより、
「家族全体の一大イベント」のように見えることがあります。
ただし、必要以上に悲観的に見る必要もありません。
中国の若者はたくましく、自分なりの道を探している人もたくさんいます。
985・211に入れなかったから人生が終わるわけではありません。
それでも、中国社会を理解するうえで、高考は非常に重要なキーワードです。
中国の教育、若者の就職、家庭の価値観、経済の変化を知りたい人にとって、
高考を見ることは、中国の今を理解する一つの入口になると思います。

おまけ(効率化)
本業の日本の社長が”同じやり方では後退する”という言葉を言ったそうです。
つまり同じやり方ではなく、”効率化”しなさいということだと解釈しました。(とてもいい言葉ですね)
とはいえ、大きな組織になればなるほど、効率化は難しいと思います。
いろんな部門、担当がいて、その人らが同意しなければ、たとえ素晴らしいアイデアが出たとしても
その組織ではそのアイデアは実現されることは非常に困難。。。
しかし!
私個人でやるような行動は、決裁権も行動に移すのも、自分が納得すれば
即その良いアイデアは実行されます。
私個人の事でいうと、
・家のパソコン机を高さが変えられるちょっと高いパソコン机に変えた
・動画編集で字幕を入れるのが手間だったので、有料サービスに入って自動字幕挿入を使えるようにした
など
私が決めたら、即改善! 即効率化!
かなり快適になってきました。
特に今のAIなどを使いこなさなければ、流れについていけない時代
効率化は必然ですね~







